あぶり出される、「不要不急」。

自粛生活が続く中、よく耳にするようになった単語、「不要不急」。

人によって、何が「要」か、「不要」か、大きく分かれるところ。

でも今回の自粛要請の中で、自分が「要」と思っていることも、世間では「不要」であったこと、またその逆も、見えてきた点がどなたにもあるのではないでしょうか・・・

今日は、そんなお話しをちらりと。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

学校行事編

うちの息子は、今年は5年生⇒6年生への進級年でした。

一見、卒業式や入学式には絡んでなさそうなのですが・・・

実は、息子の学校では、前日準備・当日参加が今年は息子たちの学年がお見送り・お迎え予定でした。

しかし、両方とも、直前まで、式自体の実施が危ぶまれていたような状態。

結局、前日準備・当日参列は両方中止に。

でもこれに関しては、「不要」だから、ではなく、「感染防止」の側面で、ですよね。

実際、息子も、「行かなくて済んでラッキー」とは一言も言わず、逆に、「自分たちは迎えてもらって送ってもらうのに、こっちは見送りもお迎えもしてない」とさみしそうに言っていました。

私が式典で注目した点は、縮小実施の際に、これまで当然で行われていた項目で、省かれた項目です。

「校長講話」はあったんですが、「来賓あいさつ」は、省かれたんですって・・・

お祝いごとなんで、みんながお祝いしているのは、確か。

でも、子どもたちが主役の式典では、特に「来賓あいさつ」は代理の方が派遣されてきて、代読、がほぼでしたので、展示なり配布なりでもオッケーなんじゃないかなぁと感じてしまいます。

ちょっと、保護者に対する政治的なアピールの場に、見えなくも、なかったり・・・

(タイムリーに今、政治家のSNSのアピールの仕方が話題になっていますけど(笑))

不要、とまでは言い切りませんが、絶対の要、とはなりませんでしたね、この情勢下。

こういうアピールって、よほど上手にやらないと、こちらに余裕があるときは気にならないことも、こちらに余裕がない状態のときにアピールされると、嫌悪感を覚えるものだと思っています。

逆に、損得考えず、誠心誠意の行為に対しては、こういう情勢のときほど、アピールなどしなくても、皆さん、きちんと見て心に留めていますよね・・・

地域活動

これ、これが一番、個人的に目につきました、今回。

地域の活動って、私たち中年世代はどうしても社会的にも働き盛りのため、なかなか手が回らないのが実情です。

そのため、どこの地域も、長年住まわれて今はリタイアされたお年寄りの方々が中心となって運営されていることが多いのではないでしょうか?

私が住む町は、ズバリ、こんな状況だったんですけども。

実は、学校が休校になろうと、行政から自粛要請が出ようと、地域の行事、決行したり、結果中止になったけども、よそから注意されて中止になっただけで、それがなければ決行してた、ってものが、多々あったんです・・・

リタイア後に地域のお世話をされて来られた方たちにとっては、肝いり行事だったり、大事にされている行事だったりするようです。

また、責任問題というか、「その行事を辞めたのは誰か」も、役員間で言われたくない雰囲気があり、決定権がたらい回しで、だれも決定しない、というところもありました。

これについては、巣鴨の商店街のお祭りのインタビュー映像でも、同じことを感じました。

渋谷・原宿といった若者の街が閑散としている映像のあと、巣鴨ではお祭りが行われて出店まで出て、肩が触れ合うレベルの人出、ほぼお年寄り。

商店の方に「なぜ実施したのか?」とインタビューして回る映像があり、その答えの中に、「誰にも強制されなかったからね。どこからも中止の連絡はなかったから。」というものが。

「自粛要請」なので、商店街が自主決定しない限り、中止の連絡はどこもしてこないのですが、これ、わが町の町内会も、全く同じことを言っていたんです。

それで決行された行事が、3密にあたる、「話し合い」「会合」の数々、

屋内で行われた「輪投げ大会」・・・

決行しようとしていた「運動会」は、さすがに学校から使用許可がでなかった模様。

任意参加でやりたい方だけで集まるのならまだしも(今はそれすら困りますが)

子ども会に強制でお世話も参加も通達してくるものだから、

子ども会としては、休校の中、このような活動はできない、と答えると、

補助金の打ち切りをほのめかされる(はっきりは言わないのがミソ(笑))・・・

正直、辟易してしまって・・・

何のための、誰のための地域行事なのかすら、わからなくなってしまい、正直今は不信感の方が大きい状態・・・

例年やってるから、でやめられないような行事は、絶対の「要」なんでしょうか・・・

疑問。

経済活動

今回、自粛要請が個別で出されているような業種の職業の方は、まるでご自身のお仕事が「不要」と言われたような気分だと思います。

私、これは、違うと思うのです。

今回の「ウイルス感染症」への対策として、その感染過程上にある職業が、自粛要請で指名されてしまっただけであって、「不要」だから、ではないと思います。

一番最初に述べたとおり、「人によって要か不要かは異なる」のが人間であって、人間社会であって。

その人間たちが集まった社会での経済活動の中で、金銭の授受で成り立つものは全て、誰かにとっての「要」です。

ただ、情勢に合わせてその重要度が変化してしまいます。

今の状況下の、「不要不急」

ウイルスの感染防止に対しての「不要不急」は、

ひとえに「人が密集しない状態を作るために」、不要不急なこと、かと思います。

なので、工夫して生活必需品の流通が滞らないようにしないといけないし、医療現場が崩壊するような事態を招いてはいけない。

そのための、不要不急。

必ず、打ち勝つ日が来るはずです。

その日まで、みんなで知恵を出し合って、お互い損得ではなく、今を早く終わらせることを目指して過ごしていけるといいなと思っています。

人気ブログランキング
ブロトピ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする